カテゴリー「仕事観・人生観」の11件の記事

自分のキャリアを振り返る

昨日、ソース仲間であり同じIT業界で働く友人から、仕事とキャリアプランに関する相談を受けました。


相談を受けたと言っても、しゃべっている時間は私のほうが圧倒的に多い・・・ 


っというよりも、私がどのような経験を経て今のポジションにいるのかが聞きたいということでしたので、ひたすらこの業界に入ってから現在までの「自分史」を語らせていただきました。


その時間、なんと1時間30分!



取り留めの無い話を聞いてくれてありがとうございます。o(_ _)o



私はただただ自分のコンピュータ技術者の歴史17年を、とうとうと話していただけなのですが、ご相談いただいた友人にはたくさんの気付き、そしてこの先のキャリアプランに関するヒントがたくさんあったようです。


こちらが気持ちよくしゃべらせていただいた上に、相手のお役にも立てるなんて幸せですね~


それと同時に、私も自分の得意なこと、好きなこと、逆に苦手なことや嫌いなことを再確認できた良い機会になりました。


これから先、私のように自分が大好きで得意な事が中心にある仕事をしていきたいという方は、一度誰でも良いから「自分史」を語ってみると良いかもしれませんね。


ライフワークを生きるといって、突然会社を辞めて大海に勢いよく漕ぎ出し、そのまま海の藻屑に消えてしまう人もいるわけですが・・・(笑)


今携わっている仕事の中にも、必ず自分の大好きなことや得意なことが隠れているはずです。


まず第一歩として、その大好きで得意な仕事の割合を増やしていくように工夫するのが良いのではと思います。

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コンフォートゾーンにない仕事の手放し方

昨日の記事からの続きです。


昨日の記事は、「自分の成長を妨げる「悪い癖」が出てしまう時は、自分が望まない仕事や環境に身をおいている時である。」とサマリーすることができます。


ほぼ全ての成功法則や自己啓発本には、自分の大好きなこと、やりたいこと、得意なことを仕事にすることが成功の絶対条件だと書いてあります。


そして最近は脳科学の分野でも、人間がストレス下にさらされると、脳幹優位(爬虫類脳優位)の状態になり、IQが思いっきり下がるということもわかっているようです。


昔から成功法則で言われていたことが、脳科学で実証されてきているのです。


今現在、自分が本当に望むことを仕事にしている人は全労働人口の1%もいないのではないでしょうか?


であれば、自分が本当に望むことを仕事にするには、今の仕事を手放すということが必要になってきます。


そしてやっと本日の本題に入るのですが(笑)、先日のスリーインワン研究会で、このコンフォートゾーンにない仕事をうまく手放さないといけないということに気が付いたのです。


【コーチングの神様が教える「できる人」の法則】を使った研究セッションで、悪い癖を手放すための新しい行動を筋反射で取ったとき、「謝罪」というアクティビティが出てきました。


また、自分を変えるときのルールとして「本当に何を変えなくてはいけないのか、を勘違いしないように」という注意点が出てきました。


はじめはなぜこの2つが筋反射で出てきたのか全く理解できなかったのですが・・・


さすがに自分が大好きで参加しているスリーインワン研究会。


そこは非常にファミリアな空間なので、自分のIQが高いレベルで維持されていたのだとおもいます。


ものの1~2分で、本当にすぅ~っと答えが出てきました。


恐らく謝罪する相手というのは、私が既にいくつか手放した「自分のコンフォートゾーンに無かった仕事たち」に対してなのだと思います。


私は恐らく、自分のコンフォートゾーンに無い仕事を手放す際、「コンフォートゾーンにない仕事=悪者」に仕立て上げるという方法で手放していました。


しかしよく考えれば、過去の自分はその仕事で食べれていたわけですし、これを悪者に仕立て上げるのはとんでもないことだということに気が付きました。


コンフォートでない仕事を手放す際には、「今まで本当にありがとう」という気持ちで手放さないと、結果的には過去の自分を攻撃し、否定することにつながるのではないだろうか?

過去の自分の否定ということは、結果的に現在の自分の否定にもつながるのでは?


っということに気付いたのですね。


そうすると、「本当になにをかえなくてはいけないか、勘違いをしないように」というルールが出てきたのも納得です。


それは、「コンフォートじゃない仕事に対する思いを変えろ」ということなのだと思います。


今までは、とにかく「仕事のやり方やスタイル、仕事そのものを変える」ということにフォーカスしすぎていたように感じます。


しかしそうではなく、コンフォートではない仕事に対して、「私は次の旅にでる準備ができたので、あなたとはここでお別れです。今まで本当にありがとうございました。」という気持ちで手放しなさいということだと思いました。


もしこのことに気が付いていなかったら、恐らく自分のソースを生きていない人に対して「いや」「しかし」「でも」を連発することになっていたと思います。


これも一種のプロジェクション(投影)ですね。


このシャドーが、自分がソースを生きていることに強く執着することによって生まれる、「逆向きのスコトーマ(盲点)」になっていた可能性があります。


要するにソースを生きていない人たちを「敵に回す」可能性があったということですね。


ソースを生きるという光が強くなればなるほど、実は闇も濃くなるという陰陽バランスの法則には気をつけないといけないですね。


そして絶好調のソースライフを送っているときでも、定期的にスリーインワンで逆向きのスコトーマをチェックしてニュートラルに戻るケアが必要だということを改めて感じました。


こんなに価値のある研究を企画していただいたまぁちゃんには本当に感謝です。


これまでさまざまなセミナーやワークショップを受けてきましたが、このスリーインワン研究会ほど自分の探究心が満たせ、さらには多くの気付きを得られた会は無かったと思います。

まぁちゃん、ありがとうございました。


そのスリーインワン研究会がもう終わりなんて・・・(泣)


そうだ!来年からはこちらからの持ち込み企画で研究会を開催してもらおう!!

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問題解決力と問題解答力の違い(その2)

※昨日の記事からの続きです。

なぜ、の問題解決力と問題解答力のはき違えが起こるのか?


私は、現在の学校教育が原因のひとつにあげられると思う。


現在の学校教育では、知識を詰め込むことに多くの時間と労力が割かれ、その知識を世のため人のために使う教育というのは全くといっていいほど行われていない。


知識を知恵に昇華させるエクササイズが全く無いのだ。


たしかに知識を蓄積することは必要だ。なぜなら優れた問題解決力は、優れた知識からしか生まれないからである。


例えば私はITコンサルタントを生業としているが、今でも一月に数冊は技術書を読むし、趣味レベルではあるがプログラミングもしている。そしてIT技術書以外のビジネス書も毎月のべ数十冊読んでいる。


これはより多くの知識が良い問題解決の源泉になることを知っているからである。
だから全く知識教育が不必要といっているわけではない。


しかし、現在の学校教育は知識があれば良しという段階で止まっており、その知識をどう生かすかという教育は全くなされていない、というところに私は警鐘を鳴らしたいのである。


例えば学校の歴史の授業を例に取ってみよう。


今の学校の歴史の授業は何年になんと言う事件があった、徳川15代将軍の名前は・・・といった暗記中心の授業である。


本来歴史を学ぶ意義というのは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」という言葉にあるように、未来をよりよく生きるための知恵として学ぶものなのである。


まさに「故きを温ねて新しきを知る。以って師たるべし」の精神だ。


現在は自分から積極的に問題を探さなくても、勝手に世の中の問題が目や耳に入ってくる情報過多の時代である。


よって、中学生の歴史の授業では、過去の歴史の出来事から何を学び、この先の日本・世界をよりよくしていくために、我々には何ができるのかといった授業を執り行っても良いのではないかと思う。


もちろんその現場では思想の違いや時代背景の違いでさまざまな意見の衝突がおきるであろう。


しかし、その意見衝突を経ても「より良い世の中を作りたい」という共通認識があれば、きっと乗り越えられるはずなのである。


意見の違う者通しの利害を調整しながら、より良い結果を導き出すのそんな仕事、そしていつの時代にも普遍的に必要となる能力なのである。


こういった知識を知恵に昇華させるエクササイズを経ないまま社会人になると、学生時代の延長で知識を溜め込むことばかりに注力し、また知識が増えたことが「スキルが上がった」とカンチガイする根源なのではないかと私は思うのである。

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問題解決力と問題解答力の違い(その1)

最近仕事の現場で強く感じることがある。

それは多くの人が問題解決力を高めようと必死に勉強しているが、その期待通りに問題解決力が底上げされているようには到底思えないということだ。


最近は「勝間本」をはじめとする問題解決能力の向上を目的とした書籍がベストセラーになっているが、この本を読んで本当に問題解決力が上がったビジネスパーソンはどれぐらいいるのだろうか?


私は問題解決力をアピールしている本は、「問題解答力」を向上させるための知識集であって、決して問題解決力を向上させるための本では無いと思っている。


本を読んで問題解答能力が上がっただけで、「デキルヤツ」だとカンチガイしてしまうビジネスパーソンがなんと多いことか・・・


そしてこの現象が、現在の学校教育に原因の一端があると私は推測する。


明日は、もう少しこの問題について掘り下げたいと思う。

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人生の軸を定めるということは?

人生に軸を定めることは本当に重要なことなのだろうか?

今年の6月より相互支援という考え方と実践の勉強会に参加しているのですが、その勉強会・実践会の中で「軸を定めること」に関する話題が出てきました。

同じ実践会の友人の話です。
その友人は好奇心が旺盛でいろいろなことを学び、実践してきた非常に魅力的な友人なのです。
しかし、周りからは常に「軸が定まっていない」「結局何がしたいのか良くわからない」と苦言を呈されることがあり、本人もそのことについて悩み、またあるときは傷ついたという話をしていました。

実は私も同じようなことで悩み・迷いがあったのですが、この軸を定めるということについてようやく自分でも納得のできる持論を持つことができたので、今日はそのことについて書きたいと思います。

私は今、ITコンサルタントという仕事をしております。

私が周りの同僚、上司、もしくは転職エージェントから「軸が定まっていない」「結局何がしたいのかわからない」「そのままだと、ただの器用貧乏で終わるぞ!」っと言われ続けてきたのは、実は仕事のことなのです。

私は、自分がITコンサルタントという職業で独立し、特に集客の苦労を味わうことなく仕事ができているのは、実は他人から「軸が定まっていない」「器用貧乏だ」といわれ続けていた私の考え方や経験が功を奏していると思っています。

こう書くと、「軸を定めることはさほど重要ではないという持論?」と思われるかもしれませんが、そうではありません。

私は「軸が定まっていない」といわれる度に、「私は本当に軸が定まっていないのだろうか?」という疑問が頭に浮かんでいました。

自分としては軸が定まっているつもりなのですが、どうも他人からみると軸が定まっていないように見えるようなのです。

皆さんの周りにも、もしかしたら「この人、軸がないなぁ~」っと思うことがあるかもしれません。

しかしその人は本当に軸が定まっていないのでしょうか?

たしかに私も軸を定めることは重要なことであると思います。

なぜなら、軸が定まらないことには、自分が持つ(人間がもつ)潜在的なパワーをより大きく発揮することができないからです。

具体的に、軸が定まっていないということは、生きていくうえでの「てこの原理」を使うことができない。

軸を定めるということは、自分が潜在的に持っている力をより大きく発揮するためのレバレッジを利かせるために必要不可欠なものだと思います。

例えば、自分にはどんなことがあったとしても子どもだけは幸せに生きてほしいという強い意志を持ったとしたら、これが「軸」になるわけですね。

これを軸にあらゆる判断基準、価値基準、行動基準ができてきます。

そして「子どもを幸せに育てるには?」「そもそも人間の幸せとは?」など、その軸から発せられる問いに対して学び、実践することが、その人の人生の推進力になり、魅力にもなってゆくものだと思います。

この軸が定まっていないと、あらゆるところで人生の価値基準がブレてしまうんです。

価値基準がブレてしまうということは、自己確立ができない、常に依存してしまう人間になってしまうことを意味します。

さらに簡単にいうと、自分の意見や考えよりも常に他人が「正しい」「上だ」と感じてしまうようになるわけですね。

これは精神的な奴隷状態です。
主体性のない、他人の思惑通りに操作され生きていくロボットになってしまうことを意味します。

人が自立が自立をすることの重要性は、もはやここでくどくどと書く必要は無いと思います。

よって軸を定めることというのは、自己確立という意味においても、そしてより自分の力を発揮するという意味においても非常に大事なことなのです。

しかし、その「軸」というのは、人それぞれの人生観や思考の抽象度によってまったく異なるものになります。
ある人からは軸が定まっていないように思えても、当人にとっては軸が定まっているということもあるのです。

私はこのことについてかなり悩みましたが、ようやく自分でひとつの持論にたどり着きましたので、ここからはその持論について述べたいと思います。

こういった抽象度の高い本質的な事柄については、半径1メートルの話題に置き換えて話を展開するほうがわかりやすいと思いますので、具体的に私の仕事を例に述べたいと思います。

私が人からなぜ軸が定まっていないといわれていたかというと、非常に多岐にわたる分野の仕事を、自らが望んで経験していたからです。

私はIT技術者として十数年のキャリアがあります。

ITという仕事は裾野が広く、いろんな職種が存在します。

例えば「技術」という側面から捉えると、システムアナリスト、システムコンサルタント、ITアーキテクト、データベーススペシャリスト、ネットワークスペシャリスト、アプリケーションスペシャリスト、プロダクトスペシャリスト、プログラマーなど多くの職種、呼称があります。

また「業界」という側面から捉えると、製造業、流通業、通信業、金融業、サービス業、ソフトウェア開発業などこちらも枚挙に暇がありません。

私はサラリーマン時代に都合6社の転職を経験し、その転職先の業界は全て異なっていました。先に書いた業界の例は私が6社の転職で経験した業界です。

そして仕事の内容も、プログラマーからアナリスト、コンサルタントまで幅広く経験しました。

私のような経歴を見ると、○○業界で何十年という諸先輩方は「軸が定まっていない」「何がしたいのかわからない」「ただの器用貧乏」「何でもできるというやつに限って、じつは何もできない」というような苦言をいわれました。

私はそのことに悩み、一時期はある業界のある職種に絞ってキャリアを積んだほうが良いのだろうかと、そういった仕事の仕方も実践しました。

しかしどうしてもあるひとつの狭い分野に自分のキャリアを絞り込むということにものすごい違和感がありました。不快感といってもいいと思います。

そんな気持ちのままで仕事をしていても良い結果が得られるわけがありません。私は早々にそういった仕事の仕方をやめました。

なぜキャリア・専門分野を絞り込もうとすると違和感があるのだろう、不快感があるのだろうかといろいろと考えた結果、ひとつの結論にたどり着きました。

私はITに強いビジネスエキスパートになりたいのだ。
ITを使ってビジネス上の、もっというと世の中にある問題を解決するエキスパートになりたい。
それが私の軸なのだ。

これは、○○スペシャリストよりも抽象度の高い「軸」になるのです。
結果、私はITコンサルタントとして、業界を問わずさまざまなお客様の支援をさせていただいております。

技術の側面から見ても、幅広い知識と経験があるので、それぞれのスペシャリストに対してディレクションすることができます。ディレクションをするには全体の絵が見えていなければならないのですが、あるひとつの分野の知識・経験しかないと、この全体の絵が描けないんですね。

なので私はプログラマーともシステムアナリストともネットワークスペシャリストともプロジェクトマネージャとも、彼らが持つ抽象度で会話をすることができます。

さらには経営者とも中間管理職ともラインスタッフとも、彼らが持つ抽象度で会話をすることができます。

それに対して業界は問いません。
私の中には、それぞれの層と会話をするうえでの普遍的なフレームワークがあるからです。

この普遍的なフレームワークというのは、まさに高い抽象度を持たないと自分で作り出すことも、使いこなすこともできないものなのです。

ここで抽象度の高い軸と低い軸について解説します。

抽象度とはある事柄の階層構造のことですね。

三毛猫のタマ→ネコ→哺乳類→動物→生物→有機物といった階層構造の中で、右に行けばいくほど抽象度が高いということになります。

私の仕事のケースだと、プログラマーやデータベーススペシャリストよりも、ビジネスエキスパートのほうが抽象度が高いということがいえると思います。

なぜならビジネスエキスパートの中には、IT以外にもいろいろな要素が含まれるからです。

ネコという要素よりも哺乳類、哺乳類という要素よりも動物という要素のほうが、より多くの要素を含むのと同じ考え方です。

そして、低い抽象度ほどわかりやすく具体的であり、高い抽象度の要素ほど抽象的でわかりにくいという特徴があります。

これが抽象度の高い、低いということです。

話を「軸」に戻しましょう。

軸には低い抽象度の軸と高い抽象度の軸があります。

低い抽象度の軸ほど具体的でわかりやすいため、人からも理解されやすく、構成要素が単純であるという特徴があります。

逆に高い抽象度の軸というのは、文字通り抽象的であるため他人から理解されにくく、構成要素が複雑であるという特徴があります。

この高い抽象度の軸を持つ人というのは、人から「軸が定まっていない」といわれることが多いのではないでしょうか?

極端な話をすると、○○という会社で部長になりたいという軸をもつ人から、「この世の中から飢えと争いをなくしたい。」という軸を持っている人を見ると、まるで夢物語であり「軸が定まっていない」ように見えるでしょう。

よもすると「ばかじゃないの?」って思われかねません。

しかし、後者の人がそれに対して高い臨場感をもって軸が定まっていれば、それはその人の立派な軸になるのです。

軸とは先に書いたとおり、全ての判断基準であり、価値基準であり、行動基準になります。
この人は、「この世の中から飢えと争いをなくしたい。」という思いから、全ての判断基準、価値基準、行動基準が定まります。

そして高い抽象度ほど、その配下にある低い抽象度を包含する特徴があるのです。

例えば日産のカルロス・ゴーン社長は、経営者という仕事はどこの会社にいっても同じだということを言っています。

経営者というビジネスの世界では極めて抽象度の高い仕事というのは、どの業界、業種に行ってもさほど変わりは無いといっているのです。

これは高い抽象度の要素は、その配下にある要素を包含するという良い例だと思います。

そして抽象度の高低は、そのままてこの原理を応用して得られる力にも直接的な影響を与えます。

このあたりについても、てこの原理を用いて考察してみましょう。

ご存知のとおり、てこは「支点」「力点」「作用点」という3つの要素から成り立っています。
ここからはてこを3Dの立体でイメージしながら読んでみてください。

「軸」とはまさに、てこの「支点」にあたる部分ですね。

一般的に、てこの支点は三角柱を横に寝せた状態で描かれます。抽象度の高低はこの三角柱を横に寝せた状態の高さだと思ってください。
真横から見た2Dで考えると、三角形の高さに相当する部分ですね。

次に支点の上にのっかる板もしくは棒状の要素についてです。

てこから得られる力というのは、支点から力点までの距離と、力点から作用点までの距離、そして力点に加える力の相互的な関係によって決まります。

支点から力点までの距離が長いほど、一般的には力点に加える力は少なくてすみますが、この力点から作用点までの長さを、私は知識・知恵・情報・経験の質量に置き換えました。

物理的に高い支点のてこには、それに応じた長い板く丈夫なが必要になります。
低い支点のてこに、それほど長い板を用意しても得られる結果はあまり変わらないですよね?

高さ30cmの支点をもつてこと、高さ3cmの支点をもつてこに対して、どちらに長くて丈夫な板が必要か?そしてどちらのてこから得られる力が大きいかは、感覚的にご理解いただけると思います。

つまり、高い支点をもつてこには、それにふさわしい長くて丈夫な板が必要であり、高い抽象度の軸にはそれにふさわしい良質・多量の知識・知恵・情報・経験が必要だということです。

そして力点に加える力についてですが、これはエモーション・情熱にあたる部分だと思います。

そのてこにどれだけの力を注ぐことができるかは、軸に対する情熱そのものということですね。

いくら立派な軸と板があっても、力を注ぐことができなければその対象を動かすことはできません。

そして最後に、支点から作用点までの距離。
てこの原理では、支点から作用点までの距離が短いほうが、より大きくの力を得ることができます。

この支点から作用点までの距離について、私は「臨場感」に置き換えました。

つまり、高い臨場感を感じることができるということは、仮想的にも物理的にも軸と非常に近い距離にあるということ、逆に高い臨場感を感じられないということは、軸から作用点までに対して距離があるということです。

よって軸に対して高い臨場感を持つということは、対象に対して親近感がある、力点から作用点までの距離が近い状態に置き換えることができます。

この人生の軸を決めることとてこの原理を図解すると、このようになります。
ここクリックすると大きくなります。

Leverage











いかがでしょうか?

私は「軸が定まっていない」と言われつづけてきていろいろと悩んだのですが、結果としてこのような持論にたどり着きました。

ここでのポイントは高い抽象度を持つと、より多くの「作用」、つまり成果を得ることができるということですが、それと同じぐらい重要なポイントがもうひとつあります。

それは対象に対する臨場感です。
臨場感については、作用点と支点の距離に置きかえましたが、対象について近い距離=高い臨場感を保つことができないとやはり大きな力を得ることはできないのです。

よって闇雲に高い支点、高い抽象度の軸を持つことが良いというわけではありません。

人間は高い臨場感をもてないと、行動することができないという特徴があります。

おなかがすいているときに、テレビの中のおいしそうな料理よりも、目の前のおにぎりに手が伸びるのは、目の前のおにぎりにがより自分の空腹を満たすことができるということに対して臨場感があるためです。

そしてこの臨場感が力点に加える力の源泉にもなるのです。
臨場感が低く、そこに力を注ぐことができないということは、それは行動が伴わない「絵に描いた餅」ということです。

それであれば、たとえ抽象度は低くてもそれに高い臨場感をもって力を注ぐことのできる軸を持つことがよほど重要だということになります。

長々と書いてきましたが、「①軸が定まっている・定まっていないというのは本人の主観的な感覚であり、他人が客観的に評価するものでもできるものでもないということ。」
「②抽象度の高い軸というのは他人からは理解しづらく、「軸が定まっていない」と誤解されることがるということ。」「③軸を定めることは人生のレバレッジを利かせることである。」「④レバレッジで得られる力は、抽象度の高さと臨場感の高さの相互作用による。」の4つを結論にしたいと思います。

私はこの結論にたどり着いて、人から「軸が定まっていない」といわれてもなんとも感じなくなりました。

逆に「あぁ自分はこの人よりも高い抽象度で物事を捉えているんだ」と感じられるようになりました。これは優越感とかではなく、もっと異質のものですね。客観性という表現のほうが合うかもしれません。

とにかく「軸が定まっていない」ということに対して「なんだと?!」っとむかっ腹が立つことも無くなり、「自分は本当にこのままでいいのだろうか?」と自分の考えがぶれることもなくなりました。

この考え方が、少しでも私の友人そして同じようなことで悩んだり考え込んだりしている人の助けになればと思います。

長文に御付き合い頂きありがとうございました。

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夢のビジョンが降りてくる瞬間 - その1

先日のブログでも書きましたが、いつもお世話になっているフリースタイルのまぁちゃんが主催している「ワクワク相互支援実践会」に参加しています。

参加のきっかけはまぁちゃんからのお誘いのメールでした。

私はフリースタイルさんが主催されるいろいろなワークショップについては、可能な限り参加させていただいています。

本当に勉強になることがたくさんなのです。

そんなフリースタイルさんの素敵なワークショップ、今回はいつも以上に何か「ビビッ」っと来るものがありました。

そして、その「ビビッ」の正体が、ほんの2週間程度の間に明らかになったのです。

今日はそのことを書きたいと思います。

夢の仕事・・・

私は、愛娘を授かってからずっと自分に問いかけていた質問がありました。(※これをセントラルクエスチョンと言います。)

それは、「自分が本当にやりたいことって何だろう。自分がワクワク楽しみながら打ち込めて、自分の持っている才能を生かすことができて、さらには社会にも貢献できるような仕事って何なのだろう・・・」ってずっと考えていました。

この答えを探すために、ものすごい量のセミナー・ワークショップ・本・CD・DVD教材にお金をつぎ込んで、ある意味「自分探し」をしていました。

多分インドへのバックパックツアーに10回以上いけるぐらい・・・(笑)

そんな「自分探し」をあきらめずにこつこつと続けていたところ、ある瞬間、本当に「ババッ!」っという感じで頭の中にビジョンが見えたのです。

本当に突然ビジョンが「降りてきた」っていう感覚でした。

その降りてきたのがちょうど「夢実践会」のキックオフワークショップが終わった1週間後だったのです。

実はこのキックオフミーティングで、次回以降に「自分の夢」をプレゼンテーションする順番決めをしたのですが、なんとなく「じゃぁ私がトップバッターでお願いします。」と自分から名乗り出ました。

このときは、「さて何の話をしようかなぁ~」っというレベルで、「これを話そう」というのはまったく決まっていなかったのですが、なんとなく名乗り出たのでした。

自分の夢プレゼンテーションまでは、このキックオフから2週間の時間がありました。

これまでも「自分の夢」らしきものはなんとなく見えてはいたのですが、その夢は人様にプレゼンテーションするレベルなのだろうか?

っという不安がありました。

そもそも今回は自分の夢に他人を巻き込んで、相互支援により夢を実現させようというのがこの実践会のメインテーマ。

っということは、他人も共感するような夢でないといけません。

自分の小さな煩悩を満たすだけのしみったれた夢では誰も共感してくれないですから。

そんな不安材料を頭の片隅に抱えながら、キックオフミーティングの翌日より来年から愛娘に通ってもらいたいなぁ~っと思っている幼稚園に体験入園に行きました。

そこで、先ほど書いた夢のビジョンが本当に突然振ってきたのです!

・・・明日へ続く

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働き方の多様化と時代背景

またまた「お仕事」関係の投稿です。


昨日一昨日と、「妻は家庭を守る」に反対!ついに5割超す」というニュースに関する私なりの解釈を投稿させていただきました。


今日の日経新聞1面には、「個と組織 新たな挑戦/効率・意欲どう両立
」という記事が出ていました。


記事を読んで一番大きく目に付いたのは、「東証1部上場企業の業績そのものは、5年連続の最高益。にもかかわらず、そこで働く社員たちの収入はまったく増えない。」というものです。


2006年度の全産業の経常利益は54兆円と、日本経済がどん底の状態だった1997年から比較して2倍伸びだったにもかかわらず、雇用者全体の報酬は6%減り、残業時間が15%増えたということです。


さらに、日経の取材班が取得した労働者へのインタビュー結果によると、5割強の人が「仕事が増えている」と答え、32%の人が「仕事への意欲が低下している」と答えたそうです。


このニュースをみて皆さんは何を考えますか?


ここ最近は、資本主義社会のシャドーの部分や矛盾点が思いっきり明るみに出ていますね。


今、時代サイクル的にはこのような「ひとつの時代のシャドーや矛盾点が明るみに出る」時期らしいのです。


最近、とかく時代サイクルということを書いていますが、この時代サイクルの基本をおさえておくと、時代を先読みする、時代背景を理解するのにとっても役に立ちます。


このことについてもいずれ投稿したいと思います。


さてさて・・・・


この日本の就労人口のうち3分の1の方が「仕事に意欲がない」という事実は、あまりにすさまじい数字というか、言葉にできない思いです。


この3分の1の方のどれぐらいの方が家庭を持っておられるのかわかりません。


しかし、起きている時間のほとんどを占める仕事の時間に意欲がもてない親を、その親のもとに産まれた子ども達はどんな思いで見ているのでしょうか?


このような大人たちを子どもたちはどのような思いで見上げているのでしょうか?


昨今おこっている親子がらみの凄惨な事件とも、決して無関係ではないと思います。


家庭の地盤沈下は国家の地盤沈下とイコールだと思います。


そんな国に生まれ育った子ども達の未来を憂いでしまいます。


そして私も1人の子どもを持つ親として、このニュースが意味する本質的な部分の根深さが、ものすごく気がかりでなりません。


いやな仕事を悶々としながらこなすだけの毎日を見直して、もっと自分らしく、もっと幸福に満ちた人生もあるんだということに目を向けることが本当に求められているし、必要な時代なのだと思います。


ひとりの子の親として、もっと自分自身がワクワクするような人生に目を向けてみませんか?っと大きな声で呼びかけたい思いでいっぱいです。


この投稿をみて「ちょっと自分の人生、考えてみみよっかな。」と思った方、ぜひまずはこの本をお勧めいたします。

マイク マクマナス: ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。


年明けには、私自身がこのソースのワークショップを開催します。

このブログをみて、そして本を読んで、「私もワークショップを受けてみたい!」という方がいたら、ぜひぜひブログにコメントを寄せてください。


最後は宣伝みたいになってしまいましたが、ひとりでも多くの方に「自分のワクワクの源泉」に正直な生き方を見つけてほしいとの思いでご紹介させていただきました。


ソースがあなたの人生の転機になることを祈念いたします!
















☆最近はこんなに育児をサポートする制度があるんだね☆
!ナニ「パパ力検定」だって? よしやったろやないか!
♪ねぇねぇ最近「パパ検」って受ける人多いみたいだよ♪



★「パパ力(ヂカラ)検定」受けてみませんか?

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「妻は家庭を守る」に反対!ついに5割超す(その2)

昨日の記事の続きです。


ちょっとここで「仕事」について考えてみたいと思います。


我々は生まれてからずっと「日本型資本主義社会」の洗脳下にあります。(いきなり・・・:汗)


ほとんどの方は「仕事=お金を稼ぐ事」というのが一般的な公式になっているのではないでしょうか?



少なくともつい最近まで私はそうでしたし、今もこの思いは心のどこかにあると思います。



※それだけ強い洗脳下にいるということです。



洗脳ということばは少し暴力的というか極端に聞こえるかもしれませんね。なぜこのような考えにいたるようになったかは、ゆくゆく書いていきたいと思います。



私は今、週の半分が「一般的に言われている仕事」をしており、週の半分は「一般的に言われる家庭を守る(育児・家事等)」をしています。



私にとっては両方が「仕事」だし、両方が「家事・育児」です。



「仕事=お金を稼ぐ事」ということは、「仕事をしていない人間はお金を稼いでいない」ということであり、資本主義社会のもとでは「価値を創造していない」。


すなわち「無価値な人間」ということになります。


我々の無意識下には、絶対にこの「お金を稼がない人間=無価値な人間」という公式が刻み込まれています。



(刻み込まれている理由もちゃんとあります。ちょっとエグイ内容になるので、タイミングが着たら(?)書きますね。)



もし刻み込まれていなかったら、タイトルのようなアンケート結果にはならないはずです。



本来は、お金を稼いで家族を養うことも、家事・育児で家族のサポートをするのも両方が「仕事」のはずです。



お金を稼がない事が無価値というのは、拝金主義そのものです。 



この拝金主義を一段上から俯瞰して眺めてみると、「お金儲けは素晴らしい」ということで一生懸命にお金を稼せごうとする人が増えれば増えるほど、得をする層がいます。(これが資本主義社会を仕掛けている親分です。)


ちょっとやばい内容になってきたので、ここらへんでやめますね(冷や汗)


いずれにしても主張したかったのは、「仕事=お金を稼ぐこと」ではないし「お金を稼がない事=無価値」では無いということです。



表面的に「そんなことはわかっているよ~」っと言っても、心のどこかには絶対に「お金を稼がない事=無価値」という思いはあります。(これは日本の教育システムの中にちゃんと仕込まれているんです)



この思いから解放されたときに、もっと本質的な「仕事」のあり方に気付けると思います。


-追伸-

この投稿を読んで不快に思われた方がいたら大変申し訳ございません。


私もここに書いていることが100%できているわけではありません。できていない事もたくさんあり、書きながら反省している自分がいます。


私のような若造がこんな偉そうなことを投稿してもよいものかという迷いもあります。


しかし、とても大切なことだと思いますし、実体験もあることから発信させていただきました。


どんなパッティングコーチも全てのストライク球を打てるわけじゃない。


自分ができていなくても、大切だと思ったことは発信していくことが大切だという教えをいただいたことがあります。


そういった思いで発信させていただきました。


我々は聖人君子ではありませんし、煩悩(自我:エゴ)だってあります。


お釈迦様だって、煩悩をなくせといっているわけではなく、「煩悩にコントロールされるな」と言っています。


煩悩にコントロールされた人生の先にあるのは破滅です。



☆最近はこんなに育児をサポートする制度があるんだね☆
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♪ねぇねぇ最近「パパ検」って受ける人多いみたいだよ♪

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http://www.kentei-uketsuke.com/papaken.html

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「妻は家庭を守る」に反対!ついに5割超す

昨日は愛娘を寝かしつけたあとにブログ更新と思っていたのですが、いつの間にか自分もそのまま眠ってしまい、気が付いたら夜中の3時すぎ・・・


ちょっとズルですが、時間を巻戻して投稿しますね(笑)


Yahooのトップページに「妻は家庭を守る」に反対!ついに5割超すという記事が出ていました。(わが家はテレビを見ないのでネットが唯一のニュース源なのです:笑)


記事を読んでみると・・・


◆「夫は仕事、妻は家庭」との日本の伝統的な家庭観に対する「反対派」が、この質問が始まった昭和54年以来、初めて5割を超えた


◆「(女性は)子供ができても職業を続ける方がよい」との回答も過去最高の43・4%。



うぅ~ん・・・ この結果の裏に隠れている本質はなんなのだろうって思いました。


ここで言う「仕事」というのが、本質的な自己表現であったり、本当に自分がしたいと思っている仕事を心から楽しんでやっている仕事だったらすばらしいことだと思います。


むしろこんな姿勢で仕事をしているママであれば、パパも子どもも「ママって本当にやりたいことを一生懸命にやって生きているんだ~」っと、すごくそのママをサポートしてくれる側にいてくれると思います。


子どもも「オトナになるってこんなに素敵なことなんだ! ボク(ワタシ)も早くオトナになりたいなぁ~」って心から思うはずです。


しかし、「仕事はお金を稼ぐための手段。本当は仕事なんかしたくないんだけど、稼ぎが少なくって・・・」とか「このまま家庭に入って世の中から取り残されるのはイヤ」っというのが理由で仕事を持つというのは「ちょっと待って」と思います。


お金を稼ぐ手段としてだけで仕事をしていたら、絶対に子どもに対して悪影響を与えます。


無意識のうちに「ワタシはあんたを養うために骨折って仕事しているのよ!」っていう思いが子どもに伝染するし、パパにも「あんたの稼ぎがもう少しあればねぇ~」っという思いが必ず伝染します。


無意識な思いが周りに伝染することについては、おすすめの本にも挙げている「鏡の法則」をお読みいただくと、すごくよくわかると思います。


野口 嘉則: コミック 鏡の法則 +幸せを引き寄せる18のメッセージ


そんな思いが伝染してしまった家族がどうなるかは想像するにたやすいでしょう。


まずわかりやすいところで言うと、アトピーや突発性の発熱・蕁麻疹、風邪をひきやすくなるなどすごく病弱な子どもになります。


これは、子どもが「もっと自分に関心を向けて」とか「自分をもっと愛してよ~」っというシグナルを発信しているんです。


これは本とかセミナーで得た知識にあわせて、私の周りでも実際に起きた出来事だから自信を持って言えます。


家庭の歪(ひずみ)や、両親のシャドー(影)の部分は、子どもが敏感にキャッチして、必ず表に現れてきます。「必ず」です。


具体的な病気などは、シャドーを受け取った子どもが発する「強いシグナル」の最たるものです。


思い当たる節がある方は、自分の心の状態・家庭の状態、そしてお子様の状態を少し俯瞰して見つめなおしてみましょう。


もしかしたら、今の生活のあり方を見直すきっかけになるかも知れませんね。


もし「仕事をする」ということが、自分のエゴを満たすだけの手段そのものであるときは、ちょっと落ち着いて、自分のことを見つめなおすとよいと思います。(仏教ではこのことを「止観」といいます。)


あ、なんかすごく「ママ」を攻撃する内容に見えますが、パパについてもまったく同じですからね!


明日は「仕事」についてもう少し書きたいと思います。



-追伸-


この投稿を読んで、すごく気分が悪くなったという方がいたら本当に申し訳ございません。


私もここに書いていることが100%できているわけではありません。できていない事もたくさんあり、書きながら反省している自分がいます。


私のような若造がこんな偉そうなことを投稿してもよいものかという迷いもあります。


しかし、とても大切なことだと思いますし、実体験もあることから発信させていただきました。


どんなパッティングコーチも全てのストライク球を打てるわけじゃない。


自分ができていなくても、大切だと思ったことは発信していくことが大切だという教えをいただいたことがあります。


そういった思いで発信させていただきました。


我々は聖人君子ではありませんし、煩悩(自我:エゴ)だってあります。


お釈迦様だって、煩悩をなくせといっているわけではなく、「煩悩にコントロールされるな」と言っています。


煩悩にコントロールされた人生の先にあるのは破滅です。


長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

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贅沢な金曜日

今日は久々に外出なしで自社(自宅)での仕事です。

ここ最近、いくつか抱えているプロジェクトの大きな節目が重なってしまったことから、やたらお客様先での仕事が増えてしまい、さらにセミナーやら勉強会への出席でなんか慌しい日々でしたが、今日はすばらしい秋空の下、大好きなシステム設計とプログラミングの仕事をしています。

え?大好きな秋空の下で??
そうです。ベランダに机を置いて、そこにノートパソコンを置いて仕事をしています。

いやぁ~快適快適!

プログラミングが煮詰まってきたかなぁ~っと思ったら、部屋の片付けやお風呂掃除をしてリフレッシュ!

なんて素晴らしい職場なんでしょう。

しかも仕事を始める前は、朝ごはんを食べた後に愛娘と一緒にお散歩をして、ありの巣の観察をしていました。

サラリーマン時代には絶対にできなかったことですね。

娘ができたとわかったときに、娘の成長を間近で感じながら仕事もできるという事を考えて独立をしたのですが、その願いがかなって本当に良かったです。

私が今のような生活を手に入れられたのは、色々とたくさんの良書に出会ったおかげですが、今のインディペンデントコントラクターという働き方の具体的な指針を示してくれたのは次の2冊です。

サラリーマン法人で年収150万円UP
竹内 誠二: サラリーマン法人で年収150万円UP!―年収を増やす魔法のテクニック

ITエンジニアが独立して成功する本~年収2000万円を稼ぐ!
岩松 祥典: ITエンジニアが独立して成功する本~年収2000万円を稼ぐ!

2冊ともキャッチなコピーのタイトルですが、サラリーマンSEが独立するにあたって必要な情報がぎっしりと詰まった2冊です。

精神論よりもどちらかというと実務書の部類ですね。

少しでもサラリーマン生活からおさらばして、独立を考えている方にはお勧めの本です。

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