カテゴリー「気付き・分かち合い」の6件の記事

問題を解決しようとしてはいけないは本当か?

最近は「仏教ブーム」らしく、我々30~40代にかけての男女を問わず、般若心経や座禅(瞑想)に勤しむ方が増えてきたというニュースを目にした。

これが良いことか、悪いことかはよくわからないが、明らかに言えることは「物質的に満たされることが自分の幸せではない。」「自分の幸せ・人の幸せとはいったいナンなのだろう?」という集合的無意識が発している大きな問いに対するひとつの「解」だと思う。

そして何を隠そう、私も仏教は哲学として高く敬っている。

やはり、昨日のブログにも書いたとおり、物質的には非常に満たされ、だからこそ精神を高めることも同時に求められているにもかかわらず、そういった精神修養をする機会というのがあまりにも乏しい世の中にあって、宗教というのはひとつのそういった場であることは明らかである。

ただ、こういった宗教がブームとなってしまう中では、いくつか気をつけなければならないことがある。特に仏教については、あまりにも研ぎ澄まされた教義であるため、それ相応の知識がないと、お釈迦様の教えを誤って解釈している「宗派仏教」に取り込まれてしまう可能性があるということだ。

その代表的な「誤った解釈」というのをひとつ見ていこう。

私はとある仏教者が書いた本で、「問題を解決しようとしてはいけない。」「問題は全て必然なものなのだから、やがて自然に解決される。」というのを読んだことがある。

私はこれを読んだとき、「それって本当にお釈迦様が言ったことかいな?」っと疑問を覚えた。

なぜならば、「問題を解決しようとしてはいけない」という人は、問題を解決しようとしている人を問題視し、その問題を解決するために、「問題は解決しようとしてはいけない」といっているのだ。

これは明らかに「矛盾」している。

こんな矛盾したことをお釈迦様はおっしゃったのだろうか・・・?

人間の根源的な欲求として、どんなに満たされていても、常に何かを問題視し、それを解決しようとする、もしくは解決できないために悩み・苦しむというのは、当たり前なのではないか?

確かにお釈迦様は、全ての悩み苦しみは「執着」から生まれるととかれた。

執着とは、恐らく何らかの問題を解決したいという執着だろう。

問題とは、理想と現実のギャップだ。

このギャップを埋めるために、一生懸命悩み、苦しむ。

これを仏教では煩悩という。

お釈迦様は、この煩悩を克服するために難行・苦行に明け暮れられた。

しかし、この煩悩を完全に克服することはできず、悩みをなくすための難行・苦行というのは無駄であると説かれた。

そして煩悩については、「それにコントロール(支配)されるな。」っと言っているのであって、「無くしてしまえ」といっているのではない。なぜなら、煩悩がゼロの状態とは「生きること」に対する執着がなくなった状態であり、その人間はまもなく死んでしまうからだ。

全員が煩悩を克服したら、それは人類滅亡の瞬間なのである。

人間はその脳の構造上、完全に「問題(より良く生きることの執着)を無視することはできない。」

先に述べたように、「問題を解決しようとしてはいけない」という人は、問題を解決しようとしている人を、問題視している。

これもひとつの問題への執着である。

もし問題視していないのであれば、「問題を解決しようとしてはいけない」ということを発言する必要は無いからだ。

だから、問題を解決しようとしてはいけないという格言(?)を発せられた人は、実は問題を一生懸命解決しようとしているひとと、同じことをしているということだ。

人間は、常によりよい未来を思い描き、それに向かって精進することで進化してきた動物である。

よって、「問題=理想と現実のギャップ」は解決すべきものなのだ。

但し、この問題解決行動でひとつ気をつけなければならないことがある。

それが、この数十年で大きく定義の変わった「自由」と密接に関連している。(次の議事は、この「新しい自由の定義」について、書きたいと思う。)

いずれにしても、素晴らしい仏教の教えだからこそ、その教義を敬う人をよりよく生かすことも、逆に殺してしまうこともできる。

まさに昨日のブログに書いたとおり、便利なものほど切れ味が鋭いのだ。

これから仏教の世界を探求される方は、その教えそのものを、常に高い抽象度から眺める訓練をしたほうが良い。

抽象度を高めることによって、問題を解決しようとしてはいけないという人と、問題を一生懸命解決しようとしている人が、実は同じレイヤーの人間だということが良くわかるようになる。

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便利なものほど切れ味が鋭い

最近、便利なものほど切れ味が鋭いので、それを「使う側」の精神性も、その道具とおなじぐらい洗練されたもので無いといけないということを心から思う。

そして、特にそのことを痛感するのが「言葉」と「知識」だ。

便利なものというと物理的なものを思い浮かべるかもしれないが、それ以上に情報空間・情報も「諸刃の刃」であることを強く感じる。

言葉・知識というのは、それが豊かになり、それを「正しく」使用すれば多くの人を幸せにする力を持っている。

しかし、使い方を間違えると、人を殺すことさえありうる。

特に現代は知識という知識が、情報として簡単に入手できる時代だ。

にもかかわらず、人の精神性を磨く、洗練する機会というのがなんと少ないことか。

ここでいう精神性とは、2つの意味を含む。

ひとつは、他の人をおもんぱかる気持ち。「愛情」と表現しても良いと思う。

そしてもうひとつは、人間如何に生きるべきか?という本質的な問いである。

言葉・知識を外に向かってアウトプットする際には、この2つを常に肝に銘じながら使うことで、はじめて「正しく」使えるものだと思う。

そのためには、個々人が何らかの方法で、「精神性」を高める修行をする必要があるのではないか?

今年のテーマ、及びマイ・クレドには、この「精神性の修行」ということを明記しておこう。

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心に刺さっていたとげがひとつ抜けました。

本日はスリーインワンのレベル4初日のトレーニングを受けてきました。


今後の人生をよりよく、自分らしく、そして何よりも楽しく生きていくために、過去に受けたトラウマを解放していくというセッションを行いました。


そのセッションで、とても大きな解放と気付き、そして一歩を踏み出すことができたので、今日はそのことを書きたいと思います。



スリーインワンでは、セッションを始める前に、まずテーマを決めます。


私が決めたテーマは「自分を素直に表現できること」です。


なぜこのテーマを設定したかというと・・・


ここ最近、妻に対して(もしくはそれ以外の人たちに対して)「言いたいけど言えない」ということが多々あり、それがすごくストレスになっている自分に気が付いていました。


例えばわがままに振舞う娘に対して、妻がすごくきつく注意をしたり怒っていたりすると、なぜか私自身がすごくつらい気持ちになることがここ数ヶ月続いていました。


そういう光景に出くわすと、すごく心が痛むというか、なんとも言えないいやな感じがして、その感情がずっと後を引くんです。


そんなときに私の心の中にある声は


「(妻に対して)おまえさぁ~ そんなにきつくあたらなくてもいいじゃん! もうちょっとマシな言い方とか接し方とかがあるでしょ? そうやってギャンギャン言われる子どもの身にもなってみなよ!!」


っという叫びです。


しかし、私が妻に対してこの言葉をストレートに伝えてしまうと、今度は私が妻のことをすごく傷つけてしまうことになす。


そうすると結果的に、妻の子どもに対する接し方がさらにきついものになってしまうのではという思い・恐れが出てきて、私はなにもすることも言うこともできなくなります。


そしてついには、自分自身の感情や心の声を強制的にフリーズ(麻痺)させてしまいます。


妻だって決して悪気があって子どもにきつく接しているわけではないし、妻の子どもに対する愛情表現がそうしているだけということを、頭ではわかっているんです。


でもやっぱり自分はそれを見ているのがつらい・・・


頭ではわかっていても、どうしてもその接し方が許せない時があるのです。



そんな時に、感情を麻痺させる・・・


つまり自分の心の声や内側の感情に「ふた」をしてしまって、感じないようにするということをしていました。



この感情のストレスを解放していくセッションで、とても大きなことがわかりました。


年齢遡行をしてたどり着いた年齢は1歳。


そして関係者は「母親」という結果になりました。


1歳のころの出来事について思い当たることはある・・・?って聞かれても、意識上では記憶に無いですよね。


でも1歳という年齢遡行結果が出て、私自身はピンときました。


1歳といえばちょうど今のうちの娘と同じ年齢です。


ちょうど人間としての自我と社会性が芽生え始め、自分が不快なことに対しては「イヤ!」っと拒否する「イヤイヤ期」の始まりの時期です。


もしかしたら、自分が1歳の「イヤイヤ期」のころに、母親から何かきつい接し方をされた事が原因なのかもしれない・・・


筋反射を取ってみたらそのとおりでした。


上に書いたような事象を目の当たりにするたびに、自分が1歳のころに受けた傷がうずいていたんですね・・・



だからそんな光景を目の当たりにすると、自分自身がすごく苦しくなっていたんですね。


こうしてストレスの原因特定ができたら、後はその傷の解放です。


レベル4で新たに学んだ解放テクニックで、無事に癒すことができました。



そして本日の夕食。


このセッションでの出来事や感じたこと、思ったことを妻に話しました。


ここ最近思い悩んでいて、でも妻にはどうしても伝えられなかった事を伝えることができたんです。

伝え方も、スリーインワンで学ぶクニックであるFEEL/WANT/WILLという手法で伝えました。


※FEEL/WANT/WILLについては強力なコミュニケーション技術なので、いずれまた別の切り口で書きたいと思います。


妻は私の話を最後まで聞いてくれ、快く受け入れてくれました。


いやぁ~ 本当にうれしかった。


こうやって文字にしてみると、他の人にとってみれば何てこと無い出来事かもしれませんが、私にとってはすごく意味のある大きな出来事・解放でした。


改めて文字にしてみると、また違った感情が湧き出てきます。


なんかすごく妻と深い部分でつながったというか、分かり合えたというか、自分のことを受け入れてもらったという感覚です。


テーマ設定の気付きをいただき、しかも解放まで手伝っていただいたまぁちゃん、そして私のことを快く受け入れてくれた妻に本当に感謝です。


心からありがとう!!


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パパ検受けてみませんか?
パパ検は、父親たちの現在の「育児力」について「合否」を判定したり、優劣をつけるためだけに行うのではありません。

「出産・妊娠」「赤ちゃんの病気」「乳幼児期のくらし」「習慣・文化」、あるいは「子育て支援制度」「ワークライフバランス」「内外の子育て事情」など様々なテーマ・設問に対して父親が取り組み考えることで、育児そのものへの関心やパートナーとの関係、自身の働き方の見直し、或いは子どもを取り巻く社会環境への問題意識を喚起することを目的としています。

そのことを通じて、家族や地域での「父親の役割の重要性」に気付き、主体的に子育てに関る「笑っている父親」がひとりでもふえることを、期待しています。

詳しくはコチラ!

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プレーヤーとマネージャー

ヤクルトの古田選手兼監督が選手引退と監督の辞任→退団ということになりました。


私は野球はまったく見ない(テレビをまったく見ない)ので、この情報はインターネットのニュースで知ったのですが、このニュースを見て時に語られる名選手が名監督になるとは限らないという事を思い出しました。


選手時代に素晴らしいプレーヤーであった人が監督をしたとしても、それが必ずしも名監督、つまり人を育てたり統率したりというマネージャ的な役割では力を発揮できないということです。


これは私のこれまでの経験からも確かに言えると思います。


っと申しますのも、私は多分このパターンにぴったりとは待っているタイプ(笑)


手前味噌ながら、プレーヤーとしての実力はこれまでに多くの人から認めていただいており、自分としても相応の努力をしてきたので自信を持っているのですが、マネージャとしての実力はというと・・・?です(苦笑)


しかし世の中には、プレーヤーとしても監督としても優れた手腕を発揮する方がいるのもまた事実です。


現在携らせていただいている某社の社長様もまさにそのようなタイプです。


プレーヤー時代は、その業界で数々の偉業を成し遂げられ「カリスマ」といわれた存在でした。


そのプレーヤーが独立・起業をして今度は経営者という監督の立場になられたのですが、その場でも素晴らしいパフォーマンスを発揮されています。


いろいろな経営者やリーダーと呼ばれる方たちを見てきて、プレーヤーから監督に移っても素晴らしい実力を発揮される方というのは、ひとつの共通点があると思います。


それは、周りの人間を感情レベルで自分の世界に引き込んでいるということです。


自分がなぜこの事業を起こしたのか、この事業で何をしたいのか、なぜこの事業が好きなのかといったことを、屈託のない純粋な言葉で、しかもエモーショナルに語ります。


そのパワーたるや素晴らしい。私もこのような経営者様とお話をする機会があるのですが、やはりその世界に引きずり込まれるというか、いつの間にか同化しているような感覚です。


先般もとある経営者様とお話をしていたのですが、やはりその方も素晴らしい語りをされます。


この私が思わず、「社長のような方と一緒に働けるのであれば、またサラリーマンに戻ってもいいかなぁ~って思いますよ。」って言ってしまったぐらいです(笑)。


最近すごく感銘を受けた本で、苫米地英人(Dr.Tomabechi)さんの書かれた「心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション」という本があります。

苫米地 英人: 心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション


タイトルは怪しいのですが、著書の中身的にはリーダーの本質というものを非常に深いレベルで書かれている本です。


苫米地先生の著書にはとかく「臨場感」という言葉が出てきます。


真実のリーダーは自分の思いを高い「臨場感」を持って話すことができる。その臨場感に回りは引き込まれるということです。


いくら名プレーヤーでも、高い臨場感をもって周りを巻き込めるだけの「心の力・エネルギー」がないと、真実のリーダーにはなれないということですね。


ビジネスの世界では、感情的に、エモーショナルに物事を語るよりも、クールに冷静に物事を語るビジネスマンのほうが「できる」印象があると思います。


でもこれはあくまでも「プレーヤー」としての理想。ある意味では心を抜かれてしまったロボットともいえると思います。


リーダーになるための第一歩は、自分の感情を素直に表に、そして自分の内側にも解放するということが重要なのかなと思います。


古田さんのニュースの話題から、なんかすごい展開になってしまいましたね(笑)

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ネガティブな感情は・・・

スリーインワン・コンセプツという、ストレス解放技法の勉強をしています。

そのトレーニングブックに出てきたセンテンスでどうしてもシェアしたい言葉がありましたので、このブログで分かち合いたいと思います。

◆ネガティブな感情というのは、ポジティブな変化を求める最大の動機です。


この何気ないセンテンスを見たとき、私の体には電流が走り、なぜか涙が出そうになりました…

この言葉を聴いて、人それぞれの解釈や思い・気付きがあると思いますが、私にとっては人生における大きな気付きになると思います♪

失敗は成功の母」なんて言いますが、「ネガティブな感情はポジディブな動機の母」とも言えるわけですね。

そして、成功と失敗、ポジティブとネガティブを等式で考えると、面白いことに気がつきました。

失敗というのは、自分が失敗と決めた瞬間から失敗で、そう決めなければなければ成功へのプロセスのひとつであるという解釈を、何かの本で読んで感銘をうけたのですが、ポジティブ思考とネガティブ思考も同じ等式で表せるような気がします。

ネガティブな思考というのは、自分がネガティブと決めた瞬間からネガティブ思考になり、そう決めなければポジティブな変化へのひとつプロセスに過ぎない。」

これまでいろいろな成功法則の本を読んできた中
で、「ネガティブ思考=悪」という思いがあったのですが、この気付きを得て本当に心が楽になりました。

ネガティブな感情や思考が自分に表れても、この気付きのおかげで、すこしはそれを楽しむ余裕が出てきたと思います。

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人生が動くとき(その8)

この回ではシンクロニシティというよりも、シンクロニシティによって受け取ったギフトから得られた気付きを書き留めておきたいと思います。

フォトリーディングのセミナーを受けたことで、神田昌典先生家庭保育園の存在を知るという2つの大きなギフトを受け取りました。

この2つのギフトは、今後私の人生を大きく変えることになります。

まず神田先生については、彼のオフィシャルホームページに取り揃えてある起業家向けのオーディオ教材から大変たくさんの気付き・ギフトをいただきました。

中でも以下の3つの教材については大変勉強になりました。このオーディオセミナーを聞かないまま起業していたことを考えると本当にぞぉ~とします。

 ◆【DVD】起業家セミナー

 ◆【CD】300万円で起業する、ゼロからの集客法 

 ◆【CD】失敗に学ぶ「起業」 300万円で起業する

これ以外にもお勧めの教材はたくさんありますが、下2つのCD教材はたったの3,500円です。中身の価値を考えたらはっきりいってタダ同然の金額です。

DVDの教材についても15,000円と、中身を知らないまま買うのは若干勇気が必要だったのですが、これも中身の価値を知ってしまうと、はっきりいってタダ同然の金額です。

内容についてはそれぞれのリンク先を参照下さい。

私が受け取ったギフトとして最も大きかったのは以下の3つです。

 ◆小額起業はキャッシュフローが全て。先ずは軒下を借りて事業を開始しよう。

 ◆成功している起業家のほとんどは、約2年の準備期間を設けている。

 ◆起業に向く性格と向かない性格がある。向かない人が無理に起業することはない。

受け取ったギフトを実際にどのように生かしたのか、生かしているのかについては、次回以降で書いていきたいと思います。

そして私にとっては何よりも「オーディオセミナー」という存在を知ったことが大きかったです。

世の中にはナポレオン・ヒルやD・カーネギーをはじめとするさまざまなオーディオセミナーが存在するのですが、その当時はそんなことも知らなかったのですね~(恥ずかし・・・)

先にも書いた「非常識な成功法則」にも、オーディオ教材の重要性が書いてありましたが、私にはフォトリーディングよりも、むしろオーディオ教材のほうが向いていたようです。

NLP等の本を読むとVAKというモデルの説明がありますが、VAKざっくりと説明すると、人によって自分が情報を得たり、また人に情報を伝えたりする時に、

①視覚的な情報(V)に集中している人
②聴覚的な情報(A)に集中している人
③触覚的な情報(K)に集中している人


の3タイプに大きく分ける事ができます。

私は情報を得るときにはAに集中しているようです。

起業の過程で勉強することは本当にたくさんありますが、自分がVAKのどのタイプなのかを知るだけでも、以降の勉強が効率的にでるので、起業前に自分のタイプを見極めておくことは必修のエクササイズですね!

自分のVAKモデルの見分け方については、ネット上にたくさん情報があふれておりますので、Google等で"VAKモデル 見分け方"といったキーワードで検索をしてみてください。たくさん情報が出てくると思います。

さて、次回はこのオーディオセミナーを「魔法の教材」にパワーアップする方法をご紹介したいと思います!

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