カテゴリー「育児」の29件の記事

教育とは教育者自身の身を律することから

昨日の続きになります。

昨日、親としての教育は、子どもに「こうなってほしい、ああなってほしい」「こうあってほしい、ああなってほしい」という理想の生き方やあり方を、親自身が自身の身を律して実践することだと書きました。

突き詰めていくとなんとも簡単なことなのですが、こんなことに気がつくのにずいぶんと時間がかかったような気がします。

ここで「なぜ時間がかかったんだろう?」っという問いが生まれました。

なぜ、こんな簡単なことに気がつくのに、こんな時間がかかったのだろう・・・

こんなわけのワカラン疑問が浮かび上がったとき、私は自分の内側と外側双方の原因を探ることにしています。

恐らく自分の外側の原因としては、「そんなことをいっている人もやっている人も自分の周りにはほとんど居なかった」というのがあると思います。

私がファザーリング・ジャパンの活動に参加し始めたきっかけは、ロールモデルになるパパが自分の周りに居ないことが、その理由のひとつでした。ようするに「理想の父親ってどんなの?」っていうのを探していたんですね。

こちらについては、理想的なロールモデルが見つかったというよりも、たくさんのパパの育児に対する考え方や関わり方に触れたことで、改めて自分がどういう父親でありたいのか、父親として何を子どもにして挙げられるのか、残してあげられるのかということを考え、そして実践する良い機会を得ることができました。

そして、自分の内側にある原因ですが・・・

私としては、ようやく人様に自分の人生観や世界観、そしてそれに向かって自分が今何を考え、何をしようとしていて、実際に今どう行動しているのかということを、堂々と話ができるようになってきたことで、自分の生き方・考え方に少しずつ「自信」が付いてきたのではないかと思っています。

さらに内情を書くと、ようやく「この先、自分はこうやって生きて生きたい、こういうものを成しえたい。」という人生のゴールが明確にイメージできてきたということになります。

これまでは、ひたすら「良い父親、笑っている父親、りっぱな父親」といった、抽象的な「Be」しかイメージできていなかったのですが、「何を持って良い父親なのか?」「何を持って笑っている父親なのか?」「何を持って立派な父親なのか?」が自分の中で、いまいち定義できていませんでした。

そんな中で、ようやくこれに対して自分なりの答えが見つかり、それが大きな「自信」につながっているのかなぁと思います。


良い父親、笑っている父親、立派な父親の「父親」の部分は「人生」って変えてもいいかもしれないですね。

いずれにしても、親が子どもに対してやるべき最も重要な教育とは、子どもに「こうなってほしい、ああなってほしい」「こうあってほしい、ああなってほしい」という理想の生き方や人としてのあり方を、親自身が、自分の身を律して実践することです。

さぁ、今日も気合いれてがんばりましょう!

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親の教育について最近思うこと

この11月で愛娘が4歳になりました。

ここまで大きくなってきたことが原因かどうかは定かではないが、ここ最近、私自身の子育ての概念が「育児」から「教育」に大きくシフトしてきているように感じます。

「育児」と「教育」がどう違うのかの厳密な切り分けはできていませんが、個人的には次のようか感覚を抱いています。

「育児」とは、まだ生まれて間もない「物理的に弱い存在」の子どもを、強い親が守り・育むという、どちらかというと物理空間での大人と子どもの係わり合いをあらわしたもの。

そして「教育」とは、ある程度大きくなった「物理的に弱い存在ではなくなった」子どもに、人間としてこうあってほしい、こう生きてほしいという願いをこめて、人類の英知を伝承していく大人と子どもの係わり合いをあらわしたもの。

こんな感覚を抱いています。

育児については、物理空間上の話なので、大人が何をすればよいのかある意味非常に明確でわかりやすい。

◆同じ時間を一緒にすごす。

◆同じ時間に同じものを食べる。

◆子どもと一緒になってたくさん遊ぶ。

◆危険なものは子どもから遠ざける。

◆生活空間のなかで体同士が触れ合う、ぶつかり合うことを重視する。

こんな感じになると思います。

しかし「教育」となると、私の認識では情報空間における英知の伝承となるので、そもそもが抽象的であり、日々の生活のなかで、具体的に何をすることが教育なのかということをずっと考えていました。

そしてここ最近、やっとひとつの方向性というかあるべき姿が見えてきました。

それは、子どもに「こうなってほしい」「こう生きてほしい」という願いを、親自身が日々の生活のなかで体現すること、それこそが「教育」だと思うようになりました。

例えば・・・

「子どもには、夢を持って人生を生きてほしい。」

「子どもには、優しい人になってほしい。」

「子どもには、自分の意見を堂々と言えるような人になってほしい」

「子どもには、自分が大好きなことを仕事にして生きてほしい。」

「子どもには、日々精進して人から尊敬されるような人になってほしい。」


普通の親だったら、自分の子どもに対してこういった「期待」は少なからず持っているものだと思います。

そして、そうなってくれることを夢見ながら、日々の生活のなかで、子どもに対して「ああせい、こうせい」と、子どもに口出しします。

もしくは、「あの人は立派だから、ああいった人になりなさい。」と自分が知っている立派な人や、過去の偉人、もしくは今をときめく有名人を理想郷として子どもに教え込みます。

私はこれに対してずっと違和感を持っていました。多分自分が中学生ぐらいのときから・・・

今でもはっきり覚えているのが、学校の先生が道徳か何かの授業のなかで「○○のような立派な人になりなさい!」っと威勢よく説教しているのを聞いて、「じゃあ、先生は○○のように立派な人なんですか? そしたらその人じゃなくて、自分を目指せって言えばいいじゃないですか。」といって、こっぴどく怒られた記憶があります。

自分ができもしない、なれもしないのに、子ども(を含む他人)に「ああせい、こうせい」とか「ああなれ、こうなれ」といわれても、まったく説得力がありません。

そんな矛盾は子どもでも直ぐにわかります。

だからこそ、「教育」というのは、「教育する側」が、「教育する内容」を既にマスターしている必要があり、「教育する側」がマスターしているからこそ、「教育される側」は尊敬の念を覚え、「大人(親・先生)のようになりたい」と思うものだと、私は考えるのです。

子どもに対して「教育」や「しつけ」というラベルを借りて、自分のエゴや劣等感を押し付けるかのごとく「ああせい、こうせい」というのは教育でもなんでもない。

子どもに「こうあってほしい」「こう生きてほしい」ということを、親(大人)自らが実践し、日々の生活の中でその生き様を見せることが、何よりも大切な教育だということに、ようやく気がつきました。

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自転車練習中!

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サイクリング中にふきのとうを見つけました。
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昨日ふった雪が少し残っていました。
しばし練習を休憩して雪遊び~
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ハッピーバースデイ!

本日、ついに愛娘が3歳になりました。

おめでとう~♪

娘の誕生日というのは、私自身の人生のターニングポイントとなった日でもあるので、本当にいろんな思いが込み上げてきます。

3年前の今日のことは、まだ昨日のことのように目に浮かびます。

生まれたばかりの子どもをみて、そして出産が終わって安堵の表情を見せる妻を見て、「絶対のこの二人を幸せにしよう!」っと強く心に誓いました。

その後、ソースとスリーインワン、人生を変えるきっかけをいただいた本やメンター、そして夢を分かち合うことのできる仲間との出会いで、私の人生はそれまでのものとは180度異なるものになりました。

娘を授かったおかげで、外部から与えられた人生ではなく、自分の人生を歩み始めることができました。

本当に感謝ですね。

娘が3歳になるまでは、なるべく仕事を減らして育児優先の生活をしようと思っていましたがいよいよ育児中心の生活を抜けて、手がけたいと思っているビジネスのほうにも力を入れてバシバシ動いていきます。

でももうひとり、子どもがほしいんだよね・・・(笑)

いやぁ~ ソースを生きるってほんまにええわぁ~♪

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2歳のお誕生日、おめでとう。

今日は愛娘・優結奈(ゆいな)の2歳の誕生日です。

同じ横浜に住む弟夫婦もきてくれて、みんなで優結奈のお祝いパーティーをしました。


また、自分のベールに包まれた(?)2歳児の頃の話も両親から聞くことができました。


こんな機会じゃないと、照れくさくて聞けないですからね・・・(笑)



ま、しかし。


優結奈の2歳、本当にうれしいです

何よりも、大きな病気ひとつなく、本当にまっすぐに育ってくれている娘に感謝です。


そして、たった2年ですが、私にとってのこの2年はこれまでの人生の中でも、最も意味のある2年でした。


優結奈が産まれたことで、自分の人生を見直すきっかけをもらいました。

自分の人生を見つめなおす過程で、素晴らしい思想や考え方、そして出会いがありました。


ソース、スリーインワン、フォトリーディング、マインドマップ、フルフィルメント瞑想、神田昌典さん、本田健さん、石井裕之さん、七田眞先生、そして何よりもソース仲間である「チームワクワク100%」のみんな・・・


本当に自分の今後の人生の財産となるような人や情報にたくさん出会うことのできた2年間でした。


もし優結奈が産まれてなかったら、まさにまったく別の人生を歩んでいたと思います。


今でも熱血サラリーマンとして毎日夜中まで仕事をしていたのかなぁ・・・


パパとしてはまだまだ半人前だけど、より良い親でありたいという思いは誰よりも強いつもりで、日々楽しみながらがんばってます!


そして最後に・・・


この2年間(妊娠期間を入れたら3年ですね)、本当に一生懸命、優結奈の事を育ててくれたママに感謝です。


いつも優結奈のことを守ってくれて、本当にありがとう。

私のワガママで、週末にセミナー・ワークショップに行かせてくれてありがとう。

私のワクワクやライフワークを理解して、それを気持ちよく行動させてくれて、本当にありがとう。


このとっても充実した2年間は、ママの大きな愛のおかげで送ることができました。


本当にありがとう!
言葉には言い表せないぐらいの感謝を感じています。

(それを表現するのがへたっぴでゴメン!)

そして、これからもよろしく!!

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子どものポテンシャルを引き出す

今日は午前中だけ仕事をして、午後からは愛娘と近くの公園に出掛けて一緒に遊びました。


このぐらいの年齢の子どもだと、遠出を望まず、近場の公園で満足してくれるのですごく助かります。


公園にいくとやはり平日の昼間なのでパパの姿はなく(笑)、数人のママと子ども達が既に公園で遊んでしました。


私はこういった雰囲気にはもうなれたもので、ママ数人の集団の中にでもどんどんその輪の中に入っていって、いろいろとお話をしています。


そんな会話の中で、いつも驚かれるのが、愛娘の言葉の成長やコミュニケーション力の発達の早さです。


ウチの愛娘はこの11月の4日でやっと2歳になるのですが、もう3歳ぐらいの子どもと普通に言葉でコミュニケーションをとっています。


ママたちにもいろいろと話しかけます。


「向こうで赤ちゃんがえーんって泣いてるね」

「これ、どんぐり。 はい。(あげる)」

「このスコップ、貸して?」

「おにいちゃん、自転車乗ってる。すごいねぇ~」


こんなことを公園で普通にしゃべっていると、他のママ達がびっくりしています。


そして年齢を聞くと更にびっくりされますね(笑)


これってなぜだろうということですが、子どものコミュニケーション力を伸ばすにはそれなりのコツというか働きかけの方法があります。


ひとつはテレビを見ないこと。


テレビは、機械からの一方的な情報提供であり、相互的なコミュニケーションではありません。


テレビに慣れきった子どもは、相手から一方的に情報を提供されることが習慣になり、自分から情報を発することをしなくなります。


結果、自分の感情や考えを表に表現する機会が減ってしまい、言葉の発達・表現力の発達が妨げられると同時に、舌・喉・頬といった言葉を発するときに使われる筋肉の発達までも遅れしまうのです。


言葉が遅れるということが、それに関連して自我の発達や社会性の認識力についても密接に関係しているので、それらについても遅れてしまうことになります。


遅れてしまうというよりも、もともと人間が持っている成長の能力を失ってしまうと表現したほうがしっくりしますね。


だってテレビなんてここ数十年で一般化したものであり、その前の時代にはそんなものなかったのですから。


とは言いながらも、核家族化が一般化した現代では、ママ以外に子どもの世話をしてくれる人間がおらず、家事が滞るということもあります。


どうしても30分だけ子どもの世話を離れて家事がしたいなど、そういったときだけ、子供向けのDVDや英語のDVD等、成長に適切なインプットも含めてテレビに任せるというのはありだと思います。


うちでも実際にやっています。


子どもをテレビ漬けにすることだけは避けたいものです。



もう一つのことは、親から子どもに質問をたくさんすることです。


一番簡単なのは、子どもが覚えた動物や本のタイトルなどを「これなに?」と問いかけることです。


そうすることで、子どもは得意げにそれに対して「○○」って答えます。


答えが返ってきたら、それに対しての特徴などをどんどん質問していきます。


「○○って食べられる?」とか「○○ってゆーたんより大きい?」とか、その言葉から派生する抽象的な表現をどんどん質問にして問いかけていきます。


もともと興味があって覚えた言葉なので、こういった質問についても真剣に考えていろいろと答えてきます。


こうすると自然に会話が増えて、子どもが言葉をアウトプットする機会も増えます。


こういった親のちょっとした働きかけで、子どもがもともと持っているポテンシャルを簡単に引き出すことができます。


早期教育は決して詰め込みの強制ではありません。


人間がもともと持っている能力を、適切に引き出してあげるだけのものです。


適切な働きかけをしてあげられないのは、こういった情報・知識をそもそも知らない親が多いのではないでしょうか?


知っててやらないのは確信犯ですね。(笑)


こういった知識・情報がもっと一般化して、全ての親が実践できるようになれば、生まれてくる子ども達ももっと幸せになれるのに・・・っと思う今日この頃です。

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子どもの自然治癒力のすばらしさ

愛娘がちょっと大きい怪我をしてちょうど1週間が過ぎました。


顔面の右側に大きな擦り傷を負ったのですが、1週間の経過でほとんどかさぶたが取れてしまい、遠めには傷のあともほとんど目立たなくなりました。


大人だとこう早くは治らないと思います。


子どもの自然治癒力というのは本当にすばらしいものです。


精神的なストレスがなく、体全体の機能が遅滞なくスムーズに動いている証拠ですね。


以前、スリーインワンをやっていると体が若返るという話を聞いたことがあります。


また、まったく別の経営者様の話で、本当に好きなことをやって成功している経営者さんは、みなさん一様に、見た目が実年齢より若いという話を聞きました。


体と精神、魂が密接に関連しあって人間の体が成り立っていることが、具体的にわかってきた今、このことは非常に納得です。


私も先日のレベル4を受けて、自分でも意識してわかるぐらい顔が若返ったような気がします(笑)


再来週のレベル5では、もう一度構造機能で顔や体の機能と精神・振舞いの結びつきを勉強します。


9月に受講したレベル3のときとどれぐらい顔が変わっているのか、すごく楽しみです。

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子どもの治癒力のすばらしさ

ユナの顔の傷ですが、もう傷の浅い部分のかさぶたが取れてきました。


子どもの治癒力ってすばらしいですね。


多分、痕は残らないと思います。


よかった。

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愛娘の顔が・・・

昨日スリーインワンのレッスンを受けてるときに、愛娘が顔を怪我してしまいました。

噴水の手すりにぶら下がって遊んでいたところ、なぜか1回転して手すりを越えてしまい、顔面を噴水の縁にぶつけて水の中にダイブ!

すり傷程度なのですが、場所が場所なだけに心配です。

あとが残らなきゃいいけど・・・

本人はいたって元気なのですが、見ているこっちはすごく痛々しい・・・

ちょっと心配です。

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パパの育児参加について(2)

この2日ぐらいでアクセスが急増したので不思議に思っていたら、まぁちゃんのブログにリンクを貼っていただいたんですね。


まぁちゃんのブログは日に数百アクセスあると思うので、そちらからお越しいただいた方がたくさんいたようです。



これまでは日に10件程度のアクセスだったので、急に多くの人にごらんいただいたということで、柄にもなく書きながら緊張しています(笑)


さてさて、今日は在宅仕事で、入っていた仕事もSkypeを使ったオンラインミーティング2本と、簡単なデータ分析業務だけだったので、3時間程度で仕事は切り上げ。



愛娘ユナと、近所の公園でがっつりと遊んできました。



その間にママはなかなか取れない自分ひとりを使ってリフレッシュ。

私は子どもとはしゃぎまわりながらリフレッシュ。


とても贅沢な一日を過ごさせていただきました。

そんな中での妻との会話で、パパの育児参加についての話題が出ました。

パパの育児参加って、何を持って「育児参加」というのだろうかという話です。


例えば、オムツを替えたり、お風呂に入れたり、子どもの遊び相手をしたりということは大好きだけど、普段の掃除・洗濯といった家事にはすごくストレスを感じるママがいたとします。


パパは「さぁ育児を手伝うぞ!」っと、ママの大好きな子どもの世話を手伝っても、多分あまりうれしくは無いのではないでしょうか?


多分、このママから見たら、パパの育児参加は子どもの世話を手伝うことではなく、ママの家事を手伝ってくれることが「望ましいパパの育児参加」になると思います。


つまり「育児参加」といっても、それは各々のママの主観的の主観的なもので、ある一定の行為をしたからといって育児参加になるわけではないと思います。


もしかしたら、外で働いてきてお給料を家に入れるだけでも「立派な育児参加」と思っているママもいるかもしれません。(実際にいます。)


パパの育児参加について議論するよりも前に、まずパパとママが良く話し合ってナニをサポートしてほしいのか、どうサポートしてほしいのかをはっきりとさせたほうがよさそうですね。


お互いが自分の思いで一方的にサポートするのは、それこそ自己犠牲ガマン大会になってしまいます(笑)


やっぱり育児もパートナー通しがよく話し合って、理解しあうということが大切ですね。

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パパ検受けてみませんか?
パパ検は、父親たちの現在の「育児力」について「合否」を判定したり、優劣をつけるためだけに行うのではありません。

「出産・妊娠」「赤ちゃんの病気」「乳幼児期のくらし」「習慣・文化」、あるいは「子育て支援制度」「ワークライフバランス」「内外の子育て事情」など様々なテーマ・設問に対して父親が取り組み考えることで、育児そのものへの関心やパートナーとの関係、自身の働き方の見直し、或いは子どもを取り巻く社会環境への問題意識を喚起することを目的としています。

そのことを通じて、家族や地域での「父親の役割の重要性」に気付き、主体的に子育てに関る「笑っている父親」がひとりでもふえることを、期待しています。

詳しくはコチラ!

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